* * * * ――翌日の午後、治樹が言っていた通り、クリスマスパーティーが開催された。 とはいっても、牧村家ではスペースが限られるので、自宅から徒歩数分のところにある〈作業服のマキムラ〉の工場にある梱包スペースを借り切って、である。 この縦長の広いスペースをキレイに片付け、飾りつけし、クリスマスツリーを飾ったらクリスマスパーティーの会場の出来上がり。「中学生以下のコ限定」とさやかが言っていたわりには、二十人近い子供たちが集まって、とても賑やかになった。「――やあやあ、みんな。サンタのお兄さんだよ。みんないい子にしてるかね?」 そこへ、サンタクロースのコスプレをした治樹が、白い大きな袋を担いで参上した。ミニスカサンタのコスプレをした愛美と、トナカイの着ぐるみでコスプレをしたさやかも一緒である。「お兄ちゃん……、〝サンタのお兄さん〟はないんじゃない? 子供たち、リアクションに困ってるって」 トナカイさやかから、すかさずツッコミが入る。 彼女の言う通り、子供たちは〝サンタのお兄さん〟の登場にポカーンとしている。……特に、小学校高学年から上の子たちが。「まあまあ、細かいことは気にするな☆ ……ほーい、じゃあみんな、プレゼント配るぞー。サンタのお姉さんも手伝ってな」「はーい。サンタのお姉さんだよー。みんなよろしくねー」 ミニスカサンタになれた愛美もノリノリである。一人冷静なさやかは、「……ダメだこりゃ」と呆れていた。 ちなみに、用意したプレゼントは百円ショップで買ってきたおもちゃや文房具、手袋や靴下などだ。これまた百円ショップで仕入れてきたラッピング用品で、三人で手分けして可愛くラッピングしてある。 トナカイさやかも一緒に、三人で子供たちにプレゼントを手渡していく。小さい子たちは「わーい、ありがとー」とはしゃぎながら受け取り、大きい子たちは比較的クールに、それでも嬉しそうに受け取っていた。(……なんか、不思議な気持ち。〈わかば園〉の理事さんたちもきっと、こんな気持ちだったのかな) 子供たちの喜ぶ顔を見ると、自分も嬉しくなる。理事さんたちも、それが嬉しくて援助してくれていたのかな、と愛美は思った。(きっと、今のあしながおじさんだってそうなんだ) 愛美が自分のおかげで楽しい高校生活を送れているんだと、彼だって思っているに違いない。だか
「じゃあみんな、いただきま~す!」「「「いただきま~す!」」」 ケーキを食べ始めると、そこはもう大変なことになっていた。 愛美たちお兄さんお姉さんの三人はそうでもないけれど、小さい子たちの食べ方といったらもう。愛美は母性本能をくすぐられた。「あーあー、クリームでお顔がベタベタだねえ。お姉さんが拭いてあげる」 すぐ隣りに座っている小さな男の子の、クリームまみれになった顔を、愛美はテーブルの上のウェットティッシュでキレイに拭いてあげた。「愛美、やっぱ手馴れてるね―」「施設にいた頃、よく小さいコたちにやってあげてたからね。――はい、いいお顔になったよ」「愛美ちゃん、いいお母さんになりそうだな」「……いやいや、そんな」 愛美は治樹の言葉を謙遜(けんそん)で返した。「お兄ちゃん、まだ愛美のこと諦めてないの?」「……うっさいわ。オレはただ、素直に褒めただけ。なっ、愛美ちゃん?」「えっ、そうだったんですか?」 愛美が素でキョトンとしたので、さやかが大笑い。「愛美、さぁいこー! めちゃめちゃ天然じゃんー!」「……えっ、なにが?」 今まで「天然だ」と言われたことがなかったし、自分でもそう思ったこともなかったので、愛美にはいまいちピンとこない。「いいのいいの。愛美はもうそのまんまで」「…………?」 愛美が首を傾げたので、さやかはまた大笑い。治樹もつられて笑い、兄妹二人で大爆笑になったのだった。 * * * * ――新年を迎え、冬休みも終わりに近づいた頃、愛美は一通の手紙を〝あしながおじさん〟に書き送った。一枚の写真を添えて。
****『拝啓、あしながおじさん。 あけましておめでとうございます。少し遅くなりましたけど、今年もよろしくお願いします。 今年の冬休みは、埼玉県さいたま市のさやかちゃんのお家で楽しく有意義に過ごしました。色々ありすぎて、何から書こうかな。 まず、お家にビックリ。わかば園にいた頃、わたしが空想していたお家にそっくりだったんです。まさか自分があのお家の中に入れるなんて、夢にも思いませんでした! でも今、わたしはこのお家にいます。もうすぐ寮に帰らないといけないのが淋しいです。 そして、ご家族もステキでいい人ばかりです。さやかちゃんのご両親にお祖母さん、早稲田大学三年生で東京で一人暮らし中のお兄さん(治樹さんっていいます)、しょっちゅう脱いだ靴をそろえ忘れる中学一年生の弟の翼君、五歳ですごく可愛い妹の美空ちゃん、そして三毛猫のココちゃん。 ゴハンの時もすごく賑やかだし、みんな楽しい人たちで、すごくあったかい家庭です。わたしも将来結婚したら、こんな家庭を作りたいなって思います。 さやかちゃんのお父さんは作業服メーカーの社長さんで、お家のすぐ近くに工場があります。クリスマスには、その工場の梱包スペースを飾りつけしてクリスマスパーティーをしました。 従業員さんのお子さんたちを招いて、治樹さんがサンタさんのコスプレをして、お子さんたちにプレゼントを配りました。さやかちゃんはトナカイの、わたしもミニスカサンタのコスプレをして、それをお手伝いしました。 何だか不思議な気持ちになりました。きっと、わかば園の理事さんたちもこんな気持ちなのかな、って。もちろん、今わたしを援助して下さってるおじさまも。 大晦日はみんなで紅白(こうはく)歌合戦を観て、除夜の鐘の音を聴いてから寝ました。 元日にはさやかちゃんのお父さんの車で、川崎大師まで初詣に行きました。何をお願いしたのかは、おじさまにもナイショです。 そこでおみくじを引いたら、治樹さんは凶、さやかちゃんは吉で、わたしはなんと大吉でした! 今年もいい一年になりそうです。 治樹さんは「なんで自分だけ凶なんだ!?」って大騒ぎしてて、わたしとさやかちゃんは二人で大爆笑しました(笑) そして、さやかちゃんのお父さんからお年玉を頂きました。おじさま、気を悪くなさらないで下さいね。さやかちゃんの友達だから、娘も同然みたいに思って
――三学期が始まって、一週間ほどが過ぎた。「見てみて、愛美! 短編小説コンテストの結果が貼り出されてるよ!」 一日の授業を終えて寮に戻る途中、文芸部の部室の前を通りかかるとさやかが愛美を手招きして呼んだ。「今日だったんだね、発表って。――ウソぉ……」 珠莉も一緒になって掲示板を見上げると、愛美は自分の目を疑った。「スゴいじゃん、愛美! 大賞だって!」「…………マジで? 信じらんない」 思わず二度見をしても、頬をつねってみても、その光景は現実だった。【大賞:『少年の夏』 一年三組 相川愛美 〈部外〉】 「確かに愛美さんの小説のタイトルね。あとの入選者はみんな文芸部の部員さんみたいですわよ?」「ホントだ。ってことは、部員外で入選したの、わたしだけ?」 まだ現実を受け止めきれない愛美が呆然(ぼうぜん)としていると、部室のスライドドアが開いた。「相川さん、おめでとう! あなたってホントにすごいわ。部外からの入選者はあなただけよ。しかも、大賞とっちゃうなんて!」「あー……、はい。そうみたいですね」 興奮気味に部長がまくし立てても、愛美はボンヤリしてそう言うのが精いっぱいだった。「表彰式は明日の全校朝礼の時に行われるんだけど。あなたには才能がある。文芸部に入ってみない?」「え……。一応考えておきます」「できるだけ早い方がいいわ。あなたが二年生になってからじゃ、私はもう卒業した後だから」「……はあ」 愛美は部長が部室に引き上げるまで、終(しゅう)始(し)彼女の勢いに押されっぱなしだった。「――で、どうするの?」「う~ん……、そんなすぐには決めらんないよ。誘ってもらえたのは嬉しいけど」「まあ、そうだよねえ」 今はまだ、大賞をもらえたことに実感が湧かないけれど。気持ちの整理がついたら、文芸部に入ってもいいかな……とは思っている。「そうだ愛美。このこと、おじさまに報告しなくていいの?」 さやかに言われるまで、そのことを忘れかけていた愛美はハッとした。「そっか、そうだよね。わたし、そこまで考えてなかった。ありがと、さやかちゃん!」 愛美の夢に一番期待してくれているのは、〝あしながおじさん〟かもしれないのだ。だとしたら、この喜ばしい出来事を真っ先に彼に報告するのがスジというものである。「きっとおじさまも、愛美さんの入選を喜んで下
(……そうだ。今回の手紙には、さすがのおじさまも「おめでとう」ってお返事下さるよね) 普段は自分で返事の一通も書かず、必要な時には秘書の久留島氏にパソコンで返事を書かせる彼も、自分が目をかけた女の子が夢への大きな一歩を歩みだしたとなれば、何かしらのアクションを起こすだろう。(どうしても手紙書きたくないなら、スマホにメール送ってくれればいいんだし) いくら忙しい身でも、メールの一通くらいは送信できるだろう。――それにしても、便利な世の中になったものである。 ――というわけで、部屋に戻って着替えた愛美は夕食前のひと時、座卓の上にレターパッドを広げてペンを執った。****『拝啓、大好きなおじさま。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 それはさておき、聞いて下さい! 秋に応募した文芸部の短編小説コンテストで、わたしの小説が入選したんです! しかも大賞! 今日の放課後、部室の前に貼り出されてる自分の名前を見ても、信じられませんでした。だって、入選した人の中で一年生はわたしだけ。しかも、他の人はみんな文芸部の部員さんだったんですよ。 そして、部長さんにベタ褒めされて、文芸部への入部を勧められました。部長さんはもうすぐ卒業されるので、早めに返事がほしいみたいでしたけど、わたしはひとまず保留にしました。もしかしたら、二年生に上がってから入るかもしれませんけど。 どうですか、おじさま? わたしは小説家になるっていう夢へ向けて、大きな一歩を歩み始めました。それはおじさまの夢でもあるはずですよね? 喜んで下さいますか? もしよかったら、「入選おめでとう」っていうお返事を書いて下さる気にはなりませんか? もし「手紙を書くのが面倒くさい」っていうなら、わたしのスマホにメールを下さい。この手紙の最後にアドレスも書いておきますね。 以上、初入選の報告でした☆ ではまた。 かしこ 一月十五日 愛美 』****「いくら忙しくたって、メール送るヒマもないなんてことないもんね♪」 愛美はメールアドレスまで書き終えると、フフッと笑った。 それでも何の反応も示さなければ、わざと無視していることになる。自分の娘も同然の存在に対して、そこまで薄(はく)情(じょう)な振(ふる)舞(ま)いはできないと思う。 ――その手
「それでもさあ、意地でも返事しないってことは、わたしのことわざと無視してるってことじゃないの? 人ってそんなに平然と相手のこと無視できるもんなのかな?」 自分が嬉しかったことを、〝あしながおじさん〟にも一緒に喜んでもらいたいと思うのはワガママなんだろうか? いくら甘えたくても、相手に知らん顔されていたらどうしようもない。「愛美、それは考えすぎだよ。愛美のこと大事に思ってくれてるから、おじさまは助けてくれてんでしょ? 無視なんかするワケないじゃん。きっと体調崩してるとか、そんなことだと思うけどな」「……さあ、どうだろ。わたし、もう分かんない。おじさまが何考えてるのか。わたしのことどう思ってるのか」 吐き捨てるように、愛美は言った。一旦入ってしまったネガティブスイッチは、なかなか元に戻らない。「もしかしたら、わたしのことウザいとか面倒くさいとか思ってるかも。私の手紙に迷惑がってるとか」「そんなことないよ。絶対ないから!」 さやかが諭すように、愛美を励ます。「……ありがと、さやかちゃん。でもね――」「ほらほら! 眉間にスゴいシワできてる! あんまり深刻に考えないで、ドッシリ構えてなよ。――ほら、もうすぐ学年末テストもあるしさ。それでいい報告できたら、おじさまもなんか返事くれるかもよ?」 さやかに励まされ、愛美は少しだけやさぐれかけていた気持ちが解れた気がした。「……うん、そうだね。ありがと」 向こうの事情もまだ分からないのに、一人でウダウダ悩んでいても仕方ない。あとはひたすら待つしかないのだ。「さて、今日はウチの部屋で一緒にテスト勉強する?」「うん。とか言って、ホントはわたしに教えてもらいたいだけなんでしょ?」「……うっ、バレたか。ねー愛美ぃ、お願い! 珠莉も愛美に教わりたいって。ねっ、珠莉?」「……えっ? ええ……」 突如巻き込まれた珠莉は一瞬戸惑ったけれど、実はさやかの言った通りだったらしい。「もう。しょうがないなあ、二人とも。じゃあ、寮に帰ろう。着替えたらすぐ行くから」 やり方は不器用ながら、二人は懸命に自分を励まそうとしてくれている。それが分かった愛美は、二人の親友の提案に乗ることにしたのだった。 * * * * ――それから一週間が過ぎ、学年末テストも無事に終わった。 けれど、愛美の体調は無事ではなく、テスト
ただ――、体調が悪い時、人とは得てしてネガティブになるもので。(もし、これでもおじさまに褒めてもらえなかったら……? もしかしてわたし、やっぱりおじさまに迷惑がられてる?) 少なからず、愛美には自覚があった。 考えてみたら、勉強に関することはほとんど手紙に書いたことがない。身の回りに嬉しい出来事や何かの変化があるたびに、手紙を出しては彼を困らせているのかもしれない。 最初に「返事はもらえない」と、聡美園長から聞かされていたのに……。(わたしって、おじさまにとっては迷惑な〝構ってちゃん〟なのかも)「――愛美、どした? 具合悪いの?」 一人で黙って考え込んでいたら、さやかが心配そうに顔色を覗き込んでいる。「ううん、平気……でもないか。わたし、ちょっと思ったんだよね」「ん? 何を?」「おじさまは、いつもわたしの出した手紙、ちゃんと読んでくれてるのかな……って。もしかしたらうっとうしくて、読みもしないでゴミ箱に直行してるんじゃないか、って」 こういう時には、最悪の展開しか思い浮かばなくなる。「秘書の人からは返事来てたけど、おじさまからは一回も来てないんだよ? もしかしたら、秘書の人は読んでくれてても、おじさまは読もうともしてないとか――」「……愛美、怒るよ」 愛美のあまりのネガティブさに、さすがのさやかも見かねたらしい。眉を吊り上げ、静かに愛美のネガティブ発言を遮った。「おじさまは、あんたの一番の味方のはずでしょ? あんたが信じてあげなくてどうすんのよ? 大丈夫だって! おじさまはちゃんと、愛美の手紙読んでくれてるよ! んでもって、一通ももれなくファイルしてあるよ、きっと!」「ファイル……って」 最後の一言に、愛美は唖(あ)然(ぜん)とした。いくら小説家志望の彼女も、そこまでの発想はなかったらしい。(……そういえば、園長先生もさやかちゃんとおんなじようなことおっしゃってたっけ) このデジタル全盛期の時代にあって、〝あしながおじさん〟が愛美にメールではなく、手紙を書くことを求めた理由。それは、愛美の成長ぶりを目に見える形で残しておきたいからだと。「まあ、それは発想が飛躍しすぎてるかもしんないけど。とにかくあんまり一人で深刻になんないことだね。グチだったらあたし、いっくらでも聞いてあげるからさ。あたしになら好きなだけ甘えていいよ」「
――それはともかく、愛美はまた咳込んだ。「愛美、あんまりムリしちゃダメだよ? ただのカゼじゃないかもしんないし、明日は学校休んで病院でちゃんと診てもらった方がいいよ」「うん、分かった。ありがとね」 ――寮に帰った愛美は、今日も郵便受けに何も来ていないのを確認してから、どうすれば〝あしながおじさん〟がアクションを起こすのか考えた。(コレなら、おじさまだって無視はできないよね♪) 彼がロボットでもない限り、何かしらの反応があるはず。 怒るかもしれないし、愛美に愛想(あいそ)を尽かすかもしれない。――でも、この時の愛美はそんなことを考えもしなかった。体調が悪いせいで、思考回路まで不調をきたしていたのかもしれない。****『拝啓、田中太郎様 もしかして、あなたはわたしのことを迷惑だと思っていませんか? 「女の子なんて面倒くさい」って、相手をするのもばからしいって無視してるんじゃないですか? わたしがあなたをニックネームで呼ぶのも、本当はイヤなんですよね? そうでなかったら、あなたは何の感情も持たないロボットと同じです。名前さえ教えてくれないような、冷たい人に手紙を書いたって、わたしには張り合いがありません。 わたしの手紙はきっと、あなたには読まれていない。秘書さん止まりで、あなたは読みもしないでゴミ箱に放り込んでるに決まってます。 もしも勉強のことにしか興味がないのなら、今後はそうします。 学年末テストは無事に終わりました。わたしは学年で五位以内に入って、二年生に進級できることになりました。 かしこ 二月二十日 相川愛美 』 **** ――こんなバチ当たりな手紙を出した報(むく)いだろうか。愛美はこの手紙が投函された翌日、四十度の高熱を出して倒れ、付属病院に入院することになってしまった。 * * * *「――愛美、具合はどう?」 入院してから十一日後、愛美の病室にさやかがお見舞いにやってきた。 看護師さんにベッドを起こしてもらっていた愛美は、窓の外を眺めていた。今日は朝から雨だ。「うん、まあボチボチかな。食欲も出てきたけど」「そっか、よかった。――コレ、今日の授業でとったノートのコピーね」「さやかちゃん、ありがと」 愛美はお礼を言いながら、さやかがテーブルの上に置いたル
「……お二人とも、聞こえてるんだけど」「あっ、ゴメン!」「こっちの話は気にしないで、読む方に集中して?」 さやかと愛美が謝り、そう言うと、珠莉はひとつため息をついた後にまた画面に視線を戻した。「集中して」と言ったって、ムリな話ではあると思うのだけれど――。 ――それから一時間ほど後。「愛美さん、読み終わりましたわよ」 珠莉がパソコンの画面を閉じて、愛美に声をかけてきた。「えっ、もう読んだの!? 早かったね」 あの小説は原稿用紙三百枚分ほどの長さがあるので、じっくり読み進めると読み終えるまで二時間以上はかかるはずだ。ということは、珠莉は読むスピードを速めたということになる。「ええ、愛美さんが私からのアドバイスを待ってると思って、急いで読んだのよ。――それでね、愛美さん。この小説で私が感じたことなんだけど」「うん。どんなことでも大丈夫だから、忌憚なく言って」「じゃあ、述べさせてもらうわね。――私の感じたことを率直に言わせてもらうと、やっぱりこの小説の中からは、あなたのセレブに対する苦手意識というか偏見というか、そういうものが読み取れたの。出版に至らなかった理由はそこなんじゃないかしら」「あー、やっぱりそうか。編集者さんからも同じこと言われたんだ」 書籍として流通するということは、この小説が多くの人の目に触れるということだ。読んだ人の中には気分を害する人も出てくるかもしれない。プロとして、そういう内容の本を世に送り出すわけにはいかないと判断されたのだろう。 もしこの小説を珠莉ではなく、純也さんに読んでもらったとしても、きっと同じことを言われたに違いない。「『出版できない』って聞かされた時はショックだったけど、これで納得できたよ。ありがとね、珠莉ちゃん」 これで、初めての挫折からはすっかり立ち直ることができそうだ。愛美はもう前を向いていた。「いえいえ、私でお役に立ててよかったわ。でもあなた、思ったより落ち込んでいないみたいね」「そういやそうだよねー。『ヘコんだ」って言ったわりにはけっこう前向いてるっていうか」「うん。もうわたしの意識は次回作に向いてるから。いつまでも落ち込んでられないもん」 二年前の愛美なら、いつまでもウジウジ悩んでいただろう。でも、もうネガティブな愛美はいない。純也さんに釣り合うよう、いつでも自分を誇れる人間でいた
「ええ、いいわよ。私でよければ。とりあえず着替えさせてもらうわね。それからでもいいかしら?」「あ、うん。もちろんだよ。ありがと。なんかゴメンね、帰ってきたばっかりなのに」「いいのよ、愛美さん。謝らなくてもよくてよ」「ありがとねー、珠莉。アンタと愛美、すっかり仲良くなったよね。最初の頃はさぁ、愛美に『叔父さま盗(と)られた~!』とか言ってたのに」 さやかは二年以上も前の話を持ち出して、二人の関係がすっかり変わったことに感心している。あれはこの高校に入学した翌月で、純也さんが初めて学校を訪ねてきた時のことだ。 それに対して、珠莉が制服から私服に着替えながら答える。「あの頃はまだ、純也叔父さまが愛美さんのいう〝あしながおじさま〟の正体で、お二人が恋人同士になるなんて思ってもみなかったもの。本当に、人生って何が起こるか分からないものよね」「うん……、ホントにね」 珠莉の最後のセリフに愛美も頷いた。純也さんが〈わかば園〉の理事をしていなければ、理事であったとしても愛美の学費を援助すると申し出てくれなければ、彼女は今この場にいなかったのだ。山梨県内の公立高校で、悶々とした高校生活を送っていただろう。もしくはどこかの温泉旅館で住み込みの仲居さんとして働いていたとか。「――はい、お待たせ。着替え終わったから原稿を読ませてもらうわ。データは残してあるのね?」「うん。わたしのPCのデスクトップと、一応USBにも保存してあるよ。待ってね、今ファイル開くから」 愛美は自分のノートパソコンで、ボツになった原稿のファイルを開いた。「これがその小説だよ」「分かったわ。じゃあ、ちょっと失礼して」 珠莉は愛美に場所を譲ってもらい、ブルーライトカットのためにPC用の眼鏡(メガネ)をかけて小説の原稿を読み進めていった。「……珠莉ちゃんって普段は眼鏡かけないけど、たまにかけるとすごく知的に見えるよね」「顔立ちのせいなんじゃない? あたしが眼鏡かけてもああはならないよ。あたし、上向きの団子っ鼻だからさ」 珠莉が真剣な眼差しで原稿を読み進める傍(はた)で、愛美とさやかはヒソヒソと彼女の意外なギャップを発見して盛り上がっていた。愛美に至っては、彼女の頼みごとをした本人だというのに……。
「あ、愛美。おかえり。――どうした? なんかちょっと元気ないじゃん?」「うん……。さやかちゃん、鋭い。ちょっとね、ヘコんじゃう出来事があって」「もう友だちになって三年目だよ? 元気がないのは見りゃ分かるって。今日は編集者さんと会ってたんだっけ。じゃあ、作家の仕事絡み?」「正解。詳しい話は珠莉ちゃんが帰ってきてからするけど、長編の原稿がボツ食らっちゃってね」「えっ、ボツ!? 長編ってあれでしょ、冬からずっと頑張って書いてて、夏休みの間に書き上げたっていう、純也さんが主人公のモデルだった」「うん、そうなの。あれ」 さやかがズバリ、どんな作品だったか言い当てて愛美も頷いたけれど、さすがに純也さんが主人公のモデルだったという情報まで言う必要はあっただろうか?「う~ん、そっかぁ……。珠莉、部活は五時までだったと思うから。帰ってきたら一緒に話聞いてもらおう。珠莉の方が、あの小説のどこがダメだったか分かると思うんだ」「そうだね。わたしもそう思ってた」 一応は社長の娘だけれど庶民的なさやかより、生まれながら名家のお嬢さまである珠莉の方が、ダメ出しのポイントが適格だと思う。何せ、モデルは彼女の血の繋がった叔父なのだから。 それから三十分ほどして、部活を終えた珠莉が部屋に帰ってきた。「――ただいま戻りました」「珠莉ちゃん、おかえり。部活お疲れさま」「珠莉、おかえりー。何かさあ、愛美が聞いてほしい話があるんだって」 珠莉がクローゼットにスクールバッグをしまうのを待ってから、二人は彼女に声をかけた。 彼女は最近、週末は雑誌の撮影で忙しいけれど、平日の放課後はまだ部活があるので撮影は入っていないらしい。こちらも学業優先なのだ。「――愛美さん、私に聞いてほしい話ってなぁに?」「えっと、わたしが冬休みから長編小説を書いてたこと、珠莉ちゃんも知ってるよね? ……純也さんが主人公のモデルの」「ええ、知ってるわよ。夏休みの間に書き上がって、編集者さんにデータを送ったらしいってさやかさんから聞いたけど。あれがどうかして?」「実はね、あの小説、ボツになっちゃったの。今日、編集者さんから『あれは出版されないことになった』って聞いて。でね、どういうところがダメだったのか、珠莉ちゃんに読んで指摘してもらえたらな、って思ったんだけど……」 珠莉はプロの編集者ではないので、
「――そうだ! 次回作は〈わかば園〉のことを題材にして書こう」 自分が育ってきた、よく知っている場所のことなら書いていてリアリティーもあるし、作品に説得力を持たせることもできる。当然のことながら、主人公のモデルは愛美自身だ。「よし、次回作はこれで決定! 今年の冬休み、久しぶりに〈わかば園〉に帰って園長先生とか他の先生たちに話聞かせてもらおう」 愛美の記憶にあることはまだいいけれど、憶えていない幼い頃のことや、愛美が施設にやってきた時のことは園長先生から話を聞かなければ分からない。――それに、愛美の両親のことも。(わたし、お父さんとお母さんが小学校の先生で、事故で亡くなったってことしか知らないんだよね。どんな両親で、どんな事故で命を落としたのか知りたいな) 施設で暮らしていた頃は、まだ幼くて話しても分からないから教えてくれなかったんだろう。でも、愛美も十八歳になって、世間では一応〝大人〟なのだ。今ならどんな話を聞かされても理解できると思う。それがたとえどんなに残酷な話でも、聞く覚悟はできているつもりだ。「……うん、大丈夫。わたしはもう大人なんだから、どんな話を聞いても怖くない」 愛美は決意を新たにしたことで、自身の初めての挫折とも向き合うことを決めた。「今回ボツになったこと、報告しないわけにはいかないよね……」 もちろん〝あしながおじさん〟に、である。ガッカリされるかもしれない。けれど、失望はされないと思う。だって、純也さんはそんなに冷たい人ではないから。「でも、慰められるのもまたツラいんだよね。そこのところは手紙で一応釘を刺しとくか」 部屋に帰ったら〝おじさま〟宛てに手紙を書こう。そう決めて、愛美は寮の玄関をくぐった。「――相川さん、おかえりなさい」「ただいま戻りました。あ~、晴美さんとこうして話せるのもあと半年足らずかと思うと淋しいです」 寮母の晴美さんと挨拶を交わせるのも、高校卒業までだ。大学に進めば寮を変わらなければならないので、当然寮母さんも違う人になる。「私も淋しい~! でも、寮母として寮生の巣立ちを送り出さなきゃいけないから。毎年淋しく思いながら、断腸の思いでそうしてるのよ」「そうなんですね。あと半年、よろしくお願いします」 晴美さんにペコッと頭を下げてから、愛美はエレベーターで四階へ上がった。角部屋の四〇一号室が、三
「……あの、ボツになった理由は?」「あの作品、セレブの世界を描いてますよね? その描写が不十分というか、かなり不適切な描写があったと。先生個人の偏見のようなものが含まれていたようなんです」「ああ~、そう……ですよね。わたし、実は一部の人たちを除いてセレブの人たちって苦手で。冬休み、セレブのお友だちの家で過ごしていた時に色々と取材したんですけど。その時もあまりいい印象は持てなかったです」 純也さんとデートした日のこと以外にも、愛美はあの家に出入りしている富裕層の人たちを観察したり、クリスマスパーティーの時に感じたことも小説の中に織り込んでいた。多分、それが原因だろう。「なるほど……。冬休みといえば二週間くらいですか。富裕層の人たちのことを正しく描写しようと思えば、その程度の日数では足りなかったんでしょう」「ですよね……」 愛美はすっかりヘコんでしまい、大きくため息をついた。(わたしってホントは才能ないのかな……。純也さんの買い被りすぎ? だったら、彼にムダなお金使わせちゃっただけかも)「先生、そんなに落胆しないで。今回は残念な結果でしたけど、次回作でいい作品をお書きになればいいんです。先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう。僕も協力を惜しみませんから」「はい……、そうですね。次回作は頑張ってみます」 ――愛美持ちで会計を済ませて岡部さんと別れた後、愛美は自分でも悪かったところを反省してみた。(岡部さんに原稿を送る前に、珠莉ちゃんにデータを送って読んでもらえばよかったかな。珠莉ちゃんなら何か的確なアドバイスをくれたかも) 愛美にとっていちばん身近なセレブが珠莉である。彼女に最初の読者になってもらえば、「ここがよくない」とか「ここはこういう書き方の方がいい」とか助言してもらえて、もっといい作品になったはず。そうすればボツを食らうこともなかったかもしれない。(……まあ、〝たられば〟言いだしたらキリがないし、もう終わったことだからどうしようもないんだけど) 済んでしまったことを悔やむより、前に進むことを考えなければ。「次回作……、どうしようかな」 寮への帰り道、悩みながら歩いていた愛美の頭を不意によぎったのは、彼女が中学卒業まで育ってきたあの場所のことだっ
* * * * それから数週間後の放課後。この日は文芸部の活動はお休みだったので、短編集のゲラの誤字・脱字などのチェックを終えた愛美は学校の最寄駅前にあるカフェに担当編集者の岡部さんを呼び出した。「――はい。相川先生、お疲れさまでした。これでこの短編集『令和日本のジュディ・アボットより』は無事に発売される運びとなります」「よろしくお願いします。わたしも発売日が待ち遠しいです」 愛美は確認を終えたゲラを大判の封筒に入れる岡部さんに、改めてペコリと頭を下げた。 ゲラの誤字や脱字を赤ペンで修正していく作業は初めてだったけれど、思いのほか少なかったので楽しくこなすことができた。あとは一ヶ月後、本屋さんの店頭に並ぶ日を待つだけだ。(純也さん、聡美園長とか施設の先生たちにも宣伝してくれたかな。もちろん自分では買って読んでくれるだろうけど) 彼は〈わかば園〉を援助してくれている理事の一人でもあり、あの施設の関係者で愛美の書いた本がもうじき発売されることを前もって知っているのも彼だけなのだ。彼ならきっと、園長先生にはそれとなく報告しているだろうけれど。 (どうせなら、立て続けに二冊発売される方が園長先生や他の先生たちも、もちろん純也さんも喜んでくれるだろうな……)「――ところで岡部さん、わたしの長編の方はどうなりました? データを送ってから一ヶ月以上経ってると思うんですけど」 そろそろ出版するかどうかの決定が下される頃だろうと思い、愛美は岡部さんに訊ねてみたのだけれど……。「…………すみません、先生。それがですね……、あの作品は残念ながら出版できないということになってしまいまして。つまり、ボツということです」「えっ? ボツ……ですか」 彼の返事を聞いて、愛美は目の前が真っ暗になった気がした。岡部さんはあれだけ作品を褒めてくれたのに、熱心にアドバイスまでくれて、書き上がった時にはものすごく喜んでくれたのに……。(なのに……ボツなんて)「だって、岡部さん言ってたじゃないですか。『これは間違いなく出版されるはずです』って」「いえ、僕はあの作品を気に入ってたんですけど……、上が『ダメだ』というもので。僕も本当に残念だとは思ってるんですが、まぁそそういう次第でして」「そんな……」 岡部さんもガッカリしているのだと分かったのがせめてもの救いだけれど
彼も反省してたんだって知って、わたしは彼を許してあげることにしました。やっぱり彼のことが好きだから、仲違いしたままでいるのはつらかったの。仲直りできてよかったって思ったのと同時に、どうしてもっと早くできなかったんだろうとも思いました。フタを開けてみたら、こんなに簡単なことだったのに。 純也さんに、この秋に発売されることが決まってる短編集の売り込みもバッチリしておきました(笑) わたしが作家になって記念すべき一冊目の本だもん。ぜひとも読んでもらいたくて。 純也さんは今、まだオーストラリアにいるそうです。あと二、三日したら帰国するって言ってましたけど。 日本とオーストラリアには時差は一時間くらいしかないけど、あっちは南半球なので季節が真逆だっていうのが面白いですね。「こっちは寒さが厳しいから、早く日本に帰りたいよ」って彼は言ってました。帰ってきたらきたで、こっちはまだ残暑が厳しいからあんまり過ごしやすくないけど。そういえば、オーストラリアってクリスマスシーズンは真夏だから、サンタクロースがトナカイの引く雪ゾリじゃなくてサーフボードに乗って登場するんだっけ。 付き合ってる以上、純也さんとはこれから先もケンカするかもしれないけど、今回のことを教訓にして早く仲直りできるようにしようと思います。どっちかが折れなきゃいけない時には、なるべくわたしが折れるようにしたい。純也さんだって、そんなに無茶なことを言わないと思うから。 もうすぐ、編集者の岡部さんがさっき話した短編集のゲラ稿を持ってくるはず。そしたら、いよいよ商業作家としてのお仕事が本格的に始まります。長編の方はデータを送ったきり、まだ連絡はありません。今ごろ出版会議の真っ只中ってところかな。どうか出版が決まりますように……! かしこ八月三十一日 いよいよ商業デビューする愛美』****(純也さんがこの手紙を読むのは日本に帰国してからだろうな……。どうか、あの小説の出版が決まりますように!) だってあれは愛美が初めて執筆に挑戦した長編小説で、本として世に出るために書いていたのだから。自分でも、もしかしたら大きな賞とか本屋大賞が取れるんじゃないかと思うほどよく書けたという自負がある。 ――ところが、世間はそう甘くなかった。
****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 今日、さやかちゃんと一緒に〈双葉寮〉に帰ってきました。明日から二学期が始まります。 今年の夏休みも、ワーカーホリックの中学校の宿題はバッチリ終わらせました! さやかちゃんも。 珠莉ちゃんはこの夏、モデルオーディションを何誌も受けて、ついにファッション誌の専属モデルに合格したそうです! わたしに続いて、珠莉ちゃんも夢を叶えたんだって思うと、わたし嬉しくて! 二学期には自分の進路を決めなきゃいけないから、多分一学期までより学校生活も忙しくなりそう。わたしは作家のお仕事もあるから、他の子たち以上に大変だと思う……! でも、わたしと珠莉ちゃんはもう進学する学部を決めてるからまだいい方かな。問題はさやかちゃん。まだ福祉学部にするか、教育学部にするかで迷ってるみたい。わたしは彼女がどっちを選んでも、全力で応援してあげたいと思ってます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし今日、やっと純也さんと仲直りできたの! 実は夏の間ずっと、彼といつ仲直りしたらいいのかタイミングをうまく掴めずにいて、わたしも気にしてたの。 確かに七月のケンカでは、わたしにヒドいことをさんざん言った彼の方が大人げなくて悪かったけど、わたしもちょっと意固地になりすぎてたのかなって反省したの。「メッセージを既読スルーしてやる」とは思ってたけど、彼からはまったく連絡が来なくて、だからってわたしから連絡するのもなんかシャクで。 でも、やっぱり仲直りしたいなと思ってたタイミングで、おじさまにも話した彼からのあの上から目線のメッセージが来て。わたしはさやかちゃんのご実家に行くことにしたから、その時にも仲直りはできなくて。 で、今日思いきって彼にメッセージを送ってみたの。電話にしなかったのは、彼がオーストラリアにいるってメッセージを送ってきてたからっていうのと、電話で話すのは正直まだシャクだったっていうのもあって。そしたらすぐに既読がついて、彼から電話してきてくれたの。 純也さん、「大人げないのは自分の方だった。ごめん」ってわたしに謝ってくれました。彼はわたしの自立心とか向上心が本当は好きだけど、同時に自分に甘えてくれなくなるんじゃないかって、それを淋しく感じてたみたい。「男ってバカだろ?」って言って笑ってました。
「……純也さんは今、まだオーストラリアにいるの?」『うん。こっちは今、冬の終わりって感じかな。でも寒さが厳しくてさ、早く日本に帰りたいよ。そっちはまだ残暑が厳しいんだろうな』(あ、そっか。オーストラリアは南半球だから日本と季節が真逆になるんだっけ) 地球の反対側にあるオーストラリアは、日本と時差はほぼないに等しいけれど、その代わり季節が逆転しているのだと愛美は思い出した。クリスマスにサンタクロースが雪ゾリではなく、サーフボードに乗ってやってくるというのが有名なエピソードである。「そうなんだよね。明日から九月なのに、まだ真夏みたいに暑いの。純也さん、日本に帰ってきたら茹(ゆ)だっちゃいそう」『それは困るなぁ。でも、あと二、三日後には帰国する予定だから。仕事も立て込んでるみたいだしね。でも、どこかで予定を空けて愛美ちゃんに会いに行くよ』「うん! じゃあ、気をつけて帰ってきてね。わたしも明日からまた学校の勉強頑張る。あと、短編集のゲラのチェックもやらないといけないから、そっちも」『現役高校生作家も大変だな。でも、何事にも一生懸命な愛美ちゃんならどっちも頑張れるって、俺も信じてるよ。……夏休みの宿題はちゃんと終わった?』「大丈夫! 今年もちゃんと全部終わらせたから。――それじゃ、帰国したらまた連絡下さい」『分かった。じゃあまたね、愛美ちゃん。メッセージくれて嬉しかったよ』「うん」 ――愛美が電話を終えると、嬉しそうに笑うさやかと珠莉の顔がそこにはあった。二人は通話が終わるまでずっと、成り行きを見守ってくれていたようだ。「純也さんと無事に関係修復できてよかったじゃん、愛美」「お二人がギクシャクしてると、私たちも何だか落ち着かなかったのよねえ。だから、無事に仲直りして下さってよかったわ」「さやかちゃん、珠莉ちゃん、心配かけてごめんね。でも、わたしと純也さんはこれでもう大丈夫。見守ってくれてありがと」 思えば七月に彼とケンカをしてから、この二人の親友にもずいぶんヤキモキさせてしまっていた。彼女たちのためにも、こうして無事に彼との仲を修復できてよかったと愛美は思った。「――さて、一応形だけでも〝おじさま〟に報告しとかないとね」 あくまで愛美が「純也さんと〝あしながおじさん〟は別人」、そう思っているように彼には思わせておかなければ話がややこしくなる